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広瀬正は、時間をテーマにしたSF作品を多く残した小説家です。
そのため“時に憑かれた作家”とも呼ばれています。

そして、その人生はとにかく不幸、というか不運な作家でした。

星新一もその死を惜しんだ、広瀬正のサイエンス・フィクションとは、一体どんなものだったのでしょうか?

その不運な人生とその作品をまとめてみました。



“時に憑かれた作家” 広瀬正とは

広瀬正

広瀬正(ひろせただし)
1924年、東京・京橋生まれ。本名は広瀬祥吉。


もともとはジャズ奏者だった

jazz

1942年、兵役を逃れるため徴兵猶予のある日本大学工学部建築科に入学しました。
(第2次世界大戦真っただなかの時代、理系の学生には兵役免除期間がありました)

戦時中は、吹奏楽部でテナーサックスを吹いたり、ジャズレコードを聴いたりして過ごしていたようです。

そして、1952年にジャズバンド「広瀬正とスカイトーンズ」を結成して、テナーサックス奏者として活躍しましたが、1960年にバンドは借金のため解散してしまいました。

バンドへの評価は、ジャズ音楽評論家いソノてルヲ氏も絶賛するほどで、あるジャズ雑誌のファン投票では日本一に選ばれるほどでした。


37歳で小説家としてデビュー

推理小説雑誌「宝石」

「宝石」
日本の推理小説雑誌。1946年創刊、1964年まで発行。出版社は岩谷書店、1956年からは独立した宝石社。この期間の日本の推理小説界を代表する雑誌でもある。


バンド解散後はSF小説を書くようになり、1961年には、デビュー作「殺そうとした」が推理小説雑誌「宝石」臨時増刊号に掲載されました。


SF同人誌「宇宙塵」

「宇宙塵(うちゅうじん)」
日本最古のSF同人誌。1957年から2013年まで発行。星新一、小松左京、筒井康隆、後に日本を代表するSF作家たちの作品発表の場でもあった。


同年、SF同人誌「宇宙塵」に参加し、ショートショート作品「もの」が星新一に絶賛され、以降は「宇宙塵」に時間をテーマとしたショートショート作品を中心に発表していきました。

1965年には、「宇宙塵」(90〜99号)に処女長編「マイナス・ゼロ」を連載しました。
「マイナス・ゼロ」は、SFファンに高く評価されましが、出版各社からは反響がありませんでした。以降、失意のためか、5年間にわたり作家活動を停止してしまいます。

1960年代当時の日本のSFは、まだ緒についたばかりであり、英米や東欧に比べると社会的認知度も評価も低い時代でした。そして、SF作家は文壇での地位の低さを「士農工商・穢多・非人・SF」と自虐的に表現していました。


作家活動を休止した5年間

クラシックカー

作家活動を休止していた5年間は、クラシックカーのモデル製作を本業としていました。
なんと、クラシックカーのモデルの製作に関しては世界的な作家でした。

実物の1/12のモデルを一から制作しており、その作品には、当時の国産自動車並みの値段がつけられていました。国内だけでなく、海外でも人気がありヨーロッパにも輸出していました。

もっとも成功したのは、ジャズや小説の世界ではありませんでした。

また、1965年には、パロディ創作集団「パロディ・ギャング」を結成して、竜の子プロダクションのアニメ「宇宙エース」の脚本を執筆したり、1966年~68年には、友人との合同ペンネームを用いて、テレビアニメの脚本も執筆していました。

SF作家としては、不遇な時代を送っていた広瀬正ですが、ジャズ・テナーサックス奏者、クラシックカーのモデル製作の第一人者、テレビアニメの脚本家となんとも多才です。


不遇な時代を経て作家活動に復帰

河出書房「マイナス・ゼロ」

1970年、河出書房から「マイナス・ゼロ」がようやく刊行され作家活動に復帰しました。広瀬正の代表作と言われ、熱狂的ファンを多く持つ作品で、タイムトラベル小説の最高峰といわれる名作です。

日活時代の藤田敏八が映画化しようとして、広瀬正と共同で脚本まで執筆しましたが、過去の銀座のセットを作るには予算が莫大となるため企画は没になりました。

その後、1971年には、「ツィス」、「エロス」を刊行するなど、ようやく人気作家の仲間入りを果たしました。


直木賞候補、そして早すぎる死

直木三十五

直木三十五賞(直木賞)
無名・新人及び中堅作家による大衆小説作品に与えられる文学賞。現在では中堅作家が主な対象とされ ベテランが受賞することが多々ある。1935年、文藝春秋社社長の菊池寛が友人の直木三 十五を記念して芥川龍之介賞とともに創設。


「マイナス・ゼロ」、「ツィス」、「エロス」は相次いで直木賞候補に選ばれ、司馬遼太郎や星新一が絶賛しました。しかし、選考委員では、司馬遼太郎ひとりが絶賛したのみで落選してしまいます。SFというジャンルは、文学賞を取るにあたりハンディキャップとなる時代でもありました。

ようやく悲願の人気作家となり、これからの活躍が期待されようとしていた矢先、新作の取材の途中、心臓発作で倒れてしまう。

1972年3月9日心臓発作により急逝、享年47歳でした。


SF作家が語った広瀬正

雨の写真

葬儀は小雨の中で行われ、SF作家のほとんど全員が列席しました。棺には「タイム・マシン搭乗者」と書かれ、藤田敏八と共同で執筆した「マイナス・ゼロ」の台本も棺の中に納められました。

当時、十遍を越す長編の構想をあたためていたらしく、体も酷使していたのかもしれません。まだ、40代という若さだけに、早すぎる死が悔やまれます。


「ほかのどの作家にもない個性」星新一

星新一

星新一
1949年 - 1996年(満71歳没)。多作さと作品の質の高さを兼ね備えていたところから「ショートショートの神様」と呼ばれているが 「明治・父・アメリカ」、伝記小説「人民は弱し 官吏は強し」などのノンフィクション作品もある。


「彼が執筆をつづけていたら、ほかのどの作家にもない個性を発揮し、この分野を一段といろどりのあるものにしてくれたはずである」と生前語っていたようです。


「報いられることがあまりに短期間だった」筒井康隆

筒井康隆

筒井康隆
1934年生まれ。小松左京、星新一とともに「SF御三家」と呼ばれる。初期はナンセンスなSF作品を発表。1970年代から前衛的な作品が増え、エンタメや純文学の垣根を越える実験作を多数発表している。


「報いられることなき期間があまりにも長かった作家であり、それに比して報いられることがあまりに短期間だった作家」と評しています。


2008年には集英社から復刊 - 広瀬正の作品 -

集英社 復刊チラシ

「マイナス・ゼロ」は、2008年の本屋大賞5周年記念イベント「この文庫を 復刊せよ!」で、全国の書店員からダントツで票を集めました。同年、見事復刊を果たし、その後は他の作品も復刊しました。表紙イラストは、和田誠が描いています。

そして2016年4月には、集英社の「ツキイチ」にも選ばれました。

「ツキイチ」
集英社文庫の既刊作品から「もっと売れる」と判断した作品を対象とする書店店頭フェア。月ごとのテーマを設け、各月3作品の対象作品から、フェア実施書店が選んだ1作品を「今月の当店イチオシ=“ツキイチ”作品」として店頭で展開する。



「マイナス・ゼロ」

「マイナス・ゼロ」
出典:Amazon

〈あらすじ〉
1945年、東京大空襲の戦時下に浜田少年は、先生から「18年後の今日、ここに来てほしい」と奇妙なことを頼まれる。そして約束の日、先生が密かに開発したタイムマシンを目にする。時を超えて、昭和の東京で浜田が見たものとは?


現在では、タイムトラベルものの古典ともいわれる作品ですが、その面白さは色褪せません。昭和の東京の街並みや風景は、とても丁寧に描写されていて新鮮に感じます。とにかく、読めばわかる面白さの作品です。


「ツィス」

「ツィス」
出典:Amazon

〈あらすじ〉
東京近郊の海辺の町で、謎のツィス音(Cシャープ)が聴こえるという奇妙な噂。この不快な音はやがて強さを増し、前代未聞の大公害事件に発展。耳障りな音が平穏な日常を破壊していく。その時、 人びとが選んだ道は?そして「ツィス」の正体は?


リアルな日常描写が淡々と描かれた騒音パニック小説の傑作。一捻りでは終わらない最後は、現代社会に生きる私たちにも響く作品です。 緻密な表現力と構成もお見事です。


「エロス もう一つの過去」

「エロス もう一つの過去」
出典:Amazon

〈あらすじ〉
芸能界に確固たる地位を築いた歌手・橘百合子。ふとしたことから過去を振り返る。もし違う選択をし ていたら、どんな人生だったのか?回想はデビュー前の昭和8年に遡り、「もうひとつの人生」が浮か びあがる。そこで見えてきた意外な真実とは...。


もしもあの時、違う選択をしていたら人生はどうなっていたのか?人生の切なさを温かく包む、パラレル・ワールド小説の傑作。「マイナスゼロ」と同じく、昭和初期の細密な風俗描写も印象的です。 ちなみにタイトルは“愛の女神”からの引用です。


「鏡の国のアリス」

「鏡の国のアリス」
出典:Amazon

〈あらすじ〉
左右が入れ替わったあべこべの世界に迷い込んでしまった青年。困惑しながらも新しい人生に踏み出そうとする「鏡の国」を舞台に奇想天外な物語が展開される表題作ほか、短編三編を収録。伝説の天才が遺した名作品集。星雲賞受賞作。


鏡はなぜ左右反対に映るのに、上下は反対にならないのか?なんだか難しい理屈がいっぱい出てきます。でも、そんなの読み飛ばしても十分面白いと思える作品です。


「T型フォード殺人事件」

「T型フォード殺人事件」
出典:Amazon

〈あらすじ〉
昭和モダン華やかな時代。最先端の車「T型フォー ド」の密室から他殺死体が発見された。46年後、車を買取った富豪宅に男女7人が集まり、殺人の謎に迫る...。半世紀を経て明らかになる事件の真相とは?著者会心の傑作ミステリ中編ほか2編を収録。


遺作である表題作は、時間をテーマにしたSFではありません。現在でも十分に通用する本格ミステリです。処女短編「殺そうとした」もミステリで、最初と最後の作品はSFではないことに驚きです。


「タイムマシンのつくり方」

「タイムマシンのつくり方」
出典:Amazon

〈あらすじ〉
奇妙な出土物をめぐり議論する学者たち。タイムマシンで連れてきた古代人の答えは...。星新一に激賞 された「もの」をはじめ、タイムマシンの魅力にとりつかれた人々の悲喜劇を描いた短編とショート ショート24編、シリーズ最終巻。


収録作品の多くは、時間モノのSF作品です。広瀬正が“時に憑かれた作家”と呼ばれるほど、時間というテーマに魅せられたいたことが伺える作品ばかりです。


まとめ

もし、タイムマシンがあったら?
考えただけでわくわく、色々な妄想をしてしまいます。そして、広瀬正の小説を読みたくなります。

現在でも色褪せることのない面白さ、広瀬正のSF作品は、今後も新しいファンを獲得し多くの人に支持されていくことでしょう。